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山形と紅花

世界各地でその土地に合わせて変異や選抜が行われていく中、山形県でもこの地の気象条件に合わせて進化し、用途などに合わせて選抜されてきました。特に山形で染色用として選抜されてきた在来の品種は、草丈が高くそろっており、手摘みしやすいことから収穫量が多い特徴がありました。その紅花を栽培し、染色用に加工した紅餅が江戸時代には「最上紅花」として京都で販売されました。

 

~「最上紅花」が生まれた理由~

紅餅としての「最上紅花」が質、量ともに日本一と称されるまでになったのには、山形を流れる最上川の存在が欠かせません。最上川流域には、紅花の栽培に適した土壌が広がっています。また、四方を山で囲まれた地形になっているので朝霧が出やすく、紅花の収穫に最適な条件になります。さらに、最上川で発達した舟運と、紅花商人の高い販売能力が「最上紅花」の生産地と消費地をつなぎました。

こうした条件と、山形の気候条件の中で選抜され「もばみべにばな」のルーツとなった在来品種。これらのどれか一つが欠けても「最上紅花」の隆盛はなかったでしょう。

 

ちなみに…

漢字の「最上紅花」は、江戸時代から山形で生産されていた紅花と紅餅の総称で、今でいう産地ブランド名のようなものです。一方、ひらがなの「もばみべにばな」は、山形県内で栽培されていた様々な品種の中から選抜して昭和43年に山形県が登録した品種名称です。